日英同時開示の現場から:IR翻訳者と対話しよう!
(出所:弊社の英文開示支援ページ)
こんにちは、(株)和田翻訳事務所の和田憲和と申します。
IR翻訳や金融翻訳に14年ほど携わっています。
2024年もあと10日。皆様にとって、2024年はどのような1年でしたか?
本日は、IR系Advent Calendar 2024の21日目として、記事を書かせていただきます!明日からは、kenmo@湘南投資勉強会様、Kabu Berry (yama)様、キリン@神戸投資勉強会様の3連続!その前に、気楽にお付き合いいただければ嬉しいです。
突然ですが、質問です。ジャ・ジャーン!
「皆さんはIR翻訳者を何人知っていますか?」
1人? 3人? それとも0人? 大半が「0人」ではないでしょうか。IR担当を長年しているけれど、プロ翻訳者と一度も話をしたことがない・・・。よくある話です。IR翻訳者は500人以上いるはずですが、現実はそんな感じです。
本記事では、IR担当さんからよく聞く「5つの質問」に回答していきます。あくまで和田目線である点にご留意ください。皆さんがIR翻訳者や同時開示の現場を知るきっかけになれば嬉しいです!
目次
質問に回答する前に、簡単な自己紹介をさせてください。和田翻訳事務所の代表取締役・和田憲和と申します。MBA取得後に外資系企業で経営企画やファイナンス業務に従事し、2011年から翻訳業に携わっております。41歳のおっさん翻訳者です。
Q1. 日英同時開示は大変ですか?
2025年4月1日以降は、プライム市場で決算短信と適時開示の同時開示が義務化される見通しです(一部資料の同時開示で可)。同時開示は、かなりキツイです。多くのIR担当者は、開示直前まで原稿を睨みながら推敲しています。ということは、「直前まで原稿が確定しない!」わけです。そのなのにですよ、それなのに英文も同時開示しないといけないのです(涙)。
下図は、プライム企業の開示時期を示しています。
(出所:日本取引所グループ、『プライム市場 英文開示義務化に向けた実態調査集計レポート(2023年8月末時点)』)
決算説明資料(IR説明会資料)の同時開示は一番の難所です。同時開示できている企業は4割程度。上図は1年前の東証データですが、おそらく現在も半分程度でしょう。決算説明資料は義務化の対象外になる予定ですが、海外投資家は決算説明資料を相当重視しています。そのため、決算説明資料の同時開示ニーズはかなり高いです。
例年、5月のゴールデンウィークが近づくと世間はお休みムードに包まれますが、IR翻訳業界は大繁忙期。IR翻訳業界では、GWはGolden Weekではなく、Golden Work。一年で一番働く時期を迎えます。
この時期には1日の翻訳ボリュームが倍増したり、深夜に連絡を取り合ったりと、数々のドラマが生まれますが、自分の限界に挑戦して疲弊する関係者も多数出ます(弊社は深夜残業禁止)。相撲取りの引退会見のように、「体力の限界」を理由に業界を去る方も一定数います。くれぐれもご無理はなさらないように。
Q2. 時価総額がいくらになったら英文開示した方がいいですか?
(出所:日本取引所グループ、『英文開示実施状況調査集計レポート』)
個人的には、複数の国内機関投資家が株主になって、良好な関係を築けた時点で英文開示を検討し始めれば良いと考えています。プライム市場の上場基準は、「流通株式時価総額100億円、流通株式比率35%以上」等です。逆算すると、時価総額300億円 × 35% ≓ 100億円が一つの目安になりそうですね。流通株式比率が高ければ、時価総額200億円弱でも問題なし。
事実、時価総額100億円前後で外国人投資家が買っている銘柄もあれば、500億円超でゼロの銘柄もあります。和田の実感として、小型株にとって流動性は課題ですが、各企業の投資妙味や英文開示の姿勢も大きく影響しています。
海外IRに長く携わってきた者としては、「国内機関との対話がうまく回り始めたら、海外IRも意識してほしいなぁ」と思います。海外マネーの懐の広さを体感してほしい。グロース銘柄やスタンダード銘柄にとっては国内IRが最重要ですが、適切に英文開示できている銘柄は一握り。逆に言えば、優れた英文開示ができれば自然と目立つでしょう。
Q3. IR翻訳者と対話したら何かメリットはありますか?
(出所:弊社の英文開示支援ページ)
英文開示の理想は、英語に堪能な社内のIR担当者が英訳すること(内製化)です。社内の事情をよく知り、日本語原稿を他部門と協議しながら作成。その後に、英訳します。何を投資家に伝えたいかを熟知しているので、海外投資家目線の英文になります。
ですが、「理想」と「現実」はなかなか噛み合わないもの。「英語に堪能」と言っても、なかなか適材はいないですよね。法定開示の和文は日本人が読んでも複雑ですから、それを適切な英文にできる社内人材は稀有でしょう。
もしプロのIR翻訳者と対話できれば、内製化に近い環境で英文開示を進められます。それもプロフェッショナルな英文で。速く、伝わりやすく、IR戦略の壁打ちまでできます。上図は弊社の英文開示支援サービスですが、原稿の作成段階からIR翻訳者がディスカッションを開始。客観的な投資家目線で改善点を助言します。意外な気づきも多いようで、好評です。決算説明資料等の任意開示は自由度も高く、弊社の腕の見せ所です。
「海外投資家との対話」を円滑にするために、ぜひ「IR翻訳者と対話」しましょう!和文は国内の個人・機関が想定読者ですが、英文を読むのは海外の機関だけ。自社の株式を保有してほしい外国人を念頭に英文を書けば、外国人の反応も変わります。電車でIR担当者とIR翻訳者が偶然に隣の席に座っても、お互いの顔や名前も知らない状態は寂しいですね。それでは良い英文は書けません (`・ω・´)キリッ
Q4. 翻訳者はどこにいますか?
(出所:日本翻訳者協会(JAT))
IR翻訳者は500人以上いるはずですが、国内外の各所に点在しています。和田が関わったことのあるIR翻訳者は30名強ほど。優秀なIR翻訳者を探すのは至難の業です(ほんまに)。5月のGW(Golden Work)が近づくと、翻訳者の争奪戦が始まります。
上図の非営利団体「日本翻訳者協会」(JAT:Japan Association of Translators)は国内最大の翻訳者団体であり、所属する翻訳者は600人ほど。英語ネイティブも100人以上います。12月のオンライン忘年会には和田も参加し、楽しかったです。会員以外も参加ウェルカムな忘年会を東京でも先日開催しました。
JATには、ビジネス一般・IT・メディカル・特許・エンタメ・字幕・出版など、ありとあらゆる分野の翻訳者が集まっています。IR翻訳者は、そのうち5%未満のはず。ウェブサイト内の[翻訳者を探す]で検索条件を入力すれば、各翻訳者の略歴ページへ遷移します。そこから本人に連絡できます。IR分野以外の自社資料を取り扱える翻訳者も見つかるはず。
基本的に翻訳者は内向的な人が多いので、日常生活で知り合うことは稀です(外向的な人も一定数います)。「この人だ!」と思う翻訳者が見つかったら、交流を深めて、馴染みの翻訳者になってもらいましょう。やっぱり馴染みの翻訳者を抱えている事業会社は強いですよ。
Q5. AI翻訳(機械翻訳)の品質は必要十分ですか?
AI翻訳をめぐっては、翻訳業界内でも賛否両論あります。ここでは和田の見解をご説明しますが、それが正解とは限りません。その点にご留意ください。
まずは、客観的な情報から確認しましょう。海外投資家が各銘柄に投資する金額は、数十億円から数百億円のケースが多数を占めます。少なくとも数億円にはなるでしょう。それだけの金額を投資するので、海外投資家は真剣です。その投資家に見せるのが英文開示資料です。
ここからは、和田の主観です。皆さんが真剣になるのは、どのような場面でしょうか?仮に、皆さんが25年の住宅ローンを組んで数千万円のマンションを購入するとします。物件のパンフレットを見て、ぎこちない文章や誤記、レイアウトミスなどが散見されれば、少し怖くなりませんか?
もちろん、購入するのはパンフレットではなく、不動産の物件です。とはいえ、大きな買い物なので細部まで気になります。物件の資料が無いよりは、AI翻訳等でも資料があった方がマシですが、他の物件(銘柄)は星の数ほどあります(国内だけで4000銘柄弱。グローバルなら先進国だけでも数万銘柄)。大きな魅力(投資妙味)がない限り、他の物件(銘柄)をあたるのではないでしょうか。少なくとも、株価のディスカウント要因にはなるでしょう。
(出所:弊社の英文開示支援ページ)
「人手翻訳だと全文同時開示に間に合わない」。
よく聞くフレーズですが、速い翻訳会社は本当に速いです。決算説明資料等はレイアウト調整も手間取るので、「AI翻訳+人間による修正」よりもベテラン翻訳者チームの方が速いと思います。英文開示では直近資料の過半が類似の和文である場合が多く、プロ翻訳者が差分だけを英文に反映した方が「速くて綺麗」に仕上がります。「2024年3月31日」を「2025年3月31日」に変更するようなパターンの資料全体をAI翻訳で訳し直すと、人間が修正する英文箇所が膨れ上がって、かなりの時間ロスになります。
個人的に、AI翻訳の活用が期待できる英文開示資料は決算説明会の文字起こしだけだと思います(人間による修正は必須)。その理由は、①「話し言葉に高い精度は必須ではなく、速報性が重要」、②「直近の和文資料(文字起こし)との差分が大きすぎて、ゼロから訳した方が速い(話し言葉なので内容が毎回変わる)」、③「文字数が増えやすいので、コスト面でプロ翻訳者に依頼すると高額になりがち」だからです。
私も生成AIは活用しています(AI翻訳とは別物)。辞書と同時にMicrosoft Copilot(機密資料の取り扱いの観点から有償版のみ利用)を立ち上げるほどで、無くてはならない存在になっています。ただし、使い方は翻訳のサポートのみ。表現や代替訳の提案、用語の実際の使用例、背景情報の調査などに重宝しています。あくまで人間が主体であって、AIは補助です。
おわりに
この記事では、日英同時開示の現場を和田目線でお伝えしました。IR翻訳者は500人以上いるので、考え方も人それぞれです。私とは違うお考えの方も多くおられると思います。本記事が翻訳者と対話するきっかけになれば、嬉しいです!
上場企業1社1社には唯一無二の物語があります。気心の知れた馴染みのIR翻訳者と対話を重ね、その物語(エクイティーストーリー)を海外投資家に伝えていく企業が少しでも増えることを期待して、筆を置かせていただきます。
明日からは、kenmo@湘南投資勉強会様、Kabu Berry (yama)様、キリン@神戸投資勉強会様の3連続!何度も決算説明会イベントを拝見しています。楽しみですね (*⌒▽⌒*)
追伸:弊社の英文開示支援サービス案内
下記は、弊社サービスのランディングページです。気になった方は、ぜひご一読ください!
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